水 中 散 策

三:シェルター



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時間帯もいつもよりだいぶ早かった。
もともとそんなににぎわっているスーパーでもない。
大型チェーン店ができてからは、客はみんなそっちへ取られた。
それでもこの店を選ぶのは、こんな暑い日には家から近くて楽だし、冷房も弱いので温度差に凍えずにすむから。
しかし、それにしても今日は客が少ない。
というよりも私くらいしか見当たらない。

「ああ魚子ちゃん。今日も魚子ちゃんの方かい。」
レジのおばさんとはすっかり顔なじみだ。
ずっと前から同じレジに立っている。
いかにも世話好きな顔をして、タナカと表記されたネームプレートももう何年も変わらない。

「鯉子がおかしくなっちゃったので。」
「ああわかるよ。この暑さだもんね。おばさんとこもね、おばさん以外みんなやられちゃってさ。」
おばさんは勝手な解釈をして、話を進める。
この自分勝手なペースに翻弄されるのも、私はわりと好きだ。

「あのね、豚肉がいいんだよ、夏バテにはね。
ほら育ち盛りの子がそんなお惣菜なんて買ってないでさ。おばさん半額にしてあげるよ。」
こういう強さはどこから来るのだろう。
結局料理もできないのに三百グラムも買ってしまった。
これはさすがにカップメンに入れるだけでは、衛生面でも問題がありそうだ。
繭花は料理できたっけ。
無理そうだな。

「はいまいど。ありがとね。
今日こんなかんじだから、こっちも商売上がったりなんだよ。」
そういえば、自動ドアに切り取られた外の景色にも、人影はほとんどない。
「何かあったんですか。」
「あれ、知らないで出てきちゃったの。警報、出てんだよ今。」
「えっ、注意報じゃなくて。」

この街でひと夏過ごせば嫌でも通じる、「注意報」と「警報」。
日本一の光化学スモッグの街だ。
七月も中旬になれば、発令されない日はまずない。
住民は慣れっ子だから。
注意報ごときを気にしていては、いつまでたっても家から出られない。
しかし警報ともなると話は別だ。
あまりにも温度が高い日には、注意報が途中で警報に切り替わる。
各学校のスピーカーから一斉に発令されると、住民は家の中に引っ込み窓を閉めて警戒する。
今日はそんなに暑かったのか。

「気ぃつけなよ。あと、鯉子ちゃんにお大事にって。」
自動ドアのボタンを押して外へ出た。
照りつける日差しの中へダイブ。
大型スーパーよりはだいぶましだけれど、それでもこの温度差は体にこたえる。
砂漠に放り出された気分だ。
蜃気楼が見えそう。  

街は見事に誰もいなかった。
暑い午後の日、警報と。
めったなことがない限り、外には出たがらないだろう。
目に見えないけれど、きっとこの腕の辺りにも毒ガスは充満している。
私の肌も触れて、知らないうちに蝕まれているのだろうか。
肺から入って体を支配していくのだろうか。  

ふと、誰もいないゆらめいた街を眺めて、前にも同じようなことがあったのを思い出した。
異常なほどに人影の消えた街。
あれも今日と同じ夏の日で、警報が出ていた。
ついでに、ノストラダムスの予言で地球が侵略された日でもある。  
 


 



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