水 中 散 策 三:シェルター |
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「お腹すいたね。」 何となく話す話題も見つからず、大して意味のない話題を持ちかける。 鮎水は相変わらずニコニコと私の話を聞いているだけで、おとなしくじっと側にいた。 目の端で鮎水の長い髪が揺れる。 一言、二言、ぽつりぽつりと言葉が出てきた。 この子の前では私は、どんなときよりも正直になれる。 最近気象が変だということ。 今、繭花達が遊びにきていること。 そして、鯉子が子供に帰ったこと。 例の男性が怪訝な顔をしてこちらを見たけれど、気にはしない。 この豪雨が私達の会話も声も、全て無かったことにしてくれる。 全てが、私だけを残して理屈を保ってしまっているから。 私はひとり、まるで水を掻き分けるように感触のない現実を前にして、立ちつくすしかないのだ。 みんなは笑う。 もしくは、奇妙な目つきで見下ろす。 しかし、そんなマジョリティの意見など。 私の脳世界では確かに、鮎水は存在しているのだ。 ほんの数分。 カップメンができるかというような時間の間に雲は走り去り、今度は駐車場の反対側に音が移っていった。 私達が入って来た方の出口では、もうパラパラとしか降っていない。 空はとうに明るかった。 「家、こっち?」 「そうです。」 「そう、それじゃもう大丈夫だね。もう過ぎたから。」 子供も泣き止んで、あの家族も家に帰る準備をしていた。 私はもう一度軽く会釈をして、明るい方の出口から外へ出た。 後ろの方で豪雨の音がする。 でも、家の方にはもう降らない。 鯉子が幼児帰りを始めてから、初めて一人きりで外へ出た。 家に置いてきた子供の鯉子が頭をよぎった。 ノストラダムス、鯉子が隠れた机の下。 あれもまた、鯉子BOXだったのか。 死へのカウントダウンだ。 いつでも箱の中に閉じこもって、息を潜めて数えながら待つ。 どうしているだろうか。 遊び疲れて寝ているだろうか。 「すごかったねぇ、雨。鮎水もあんなの初めてだったでしょ。今年になってからだもんね。」 道路は水が溢れてプールのような状態だった。 歩けるところなどなかったから、低い塀の上を渡っていく。 私の後にちゃんとついてくる鮎水。 もうすぐ迎えのエイがやってくる。 「鮎水は偉かったね、泣かないで。ってもうそんな年じゃないか。」 ふと、気になって足を止めた。 私にぴったりくっついてきた鮎水も、一緒に立ち止まる。 「鮎水。」 駐車場の中はゆるい坂になっていたからわからなかったけれど。 目線が、いつもと何だか違う。 「そんなに背、高かったっけ。」 鮎水はまたいつものように、何も言わずにニコニコしたまま、エイの背中に飛び乗って消えた。 |
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