水 中 散 策

四:夜想列車



5
ペンは鯉子の机の上にあった太いのを拝借した。
几帳面な鯉子はどのマスも全て同じペンで丁寧に塗っていた。
私もそれを汚すのが嫌で、鯉子がしたであろう仕草を真似した。
既に黒くなった部分とちゃんと調和するように、四つ角は特に慎重に塗った。
「ひとーつ。ふたーつ。み−っつ。」
マス目を数えながら右手を動かす。



 ひとつ かぞえて まちぼうけ
 ふたつ かぞえて へやのすみ
 みっつ かぞえて きんぽうげ
 よっつ かぞえて まどをみる。
 いつつ かぞえて ろんどばし
 むっつ かぞえて しんこきゅう
 ななつ かぞえて おんもはさむい
 やっつ かぞえて ゆめのなか。
 ここのおうちにゃ ひとけはないさ
 とうにわすれた むかしのはなし  



ひとつずつたしかに塗り潰し、最後に今日の分のマスを探した。
すでに壁は黒一色で、柱のすぐわきに白い四角を見つけるとペンを押しつけた。  

ふとまわりを見た。
あとマスはいくつ残っているのか。
しかし、こんなダンボール箱の中など簡単に見尽くせてしまう。
外に出てハウスを持ち上げ、逆さにして見た。
振ったら出てくるような気もしたし、懐中電灯で照らして柱の裏側まで覗いた。
しかし、マスは他にみつからなかった。
今日の分の、さっき塗りかけたあのマスが、最後のマスだった。  

鯉子は言っていた。
私も知って塗っていた。
これは寿命カレンダー。
黒い世界が完成した日が、鯉子の「命日」。





「鯉子が今日死んじゃう。」
繭花はぶっきらぼうに、図書館でしょ、と言った。  

自分でも、頭の中で今何が起こっているのかわからなかった。
当たり前だと思っていた鯉子BOX。
鯉子。
私はまた夢を見ているのかもしれない。
それだけなのかもしれない。
でも。
今までにない何か、何か青い水のようなエネルギーが内側から溢れてきて、私に鯉子を迎えに行くようにと促す。
鯉子を連れ戻しに行けと私を諭す。

「一生のお願い。私を遊園地に連れていって。
私ひとりじゃ、連れ帰れそうにない。」
亜由美に耳栓を渡した繭花が、台所から出てきた。
「普段無口なあんたが、良くしゃべると思って。一生、って言ったね、今。」
繭花は自分の分と亜由美の分のバッグに、荷物を詰め始めた。
「今回は魚子に呼ばれて来たようなもんだから、最後まで付き合ってあげる。
ただし、次私に一方的に頼み事したときには、切腹してもらうからね。」

私はそのとき、もう顔も上げられないほど頭の中が渦を巻いていて、ただうつむくだけだった。
何かが私をけしかけた。  

本当に図書館に行っていたら困るから、繭花は私に置き手紙をしていくように言った。
「これでうちらだけ遊園地にいたら、笑いものだよ。」
繭花はそう言って亜由美の頭をなでた。
今日は暑くなるらしいよと、せっせと亜由美の世話を焼く。
亜由美は目をこすり、眠そうにしながらも私の方をちらりと気にした。
そして鼻でふんと笑うと、また繭花の方へ興味を戻した。  

迷ったが、結局「おかえり」とだけ書いて机の上に残した。
 
 


 



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