水 中 散 策

六:蝉と白昼夢



1
遊園地に着いたのは三時過ぎだった。
不味いホットドッグを食べると、繭花は観覧車のチケットを買いに行った。
繭花は何でも知っていた。
私が鯉子は観覧車に乗ると信じていることも。
私に呆れ、でもあきらめながらも付き合ってくれた。  

亜由美とふたりで待っている間、その辺をぶらぶらと歩いた。
隣の神社で縁日があるせいか、こちら側にも屋台が流れてきている。
まだ昼。
祭には早いが、廃園になると聞いて集まった客でにぎわっていた。
屋台を一軒一軒覗きながら、こっちの焼きそばの方がおいしそうだったねなどと話しかける。
亜由美は相変わらず黙ったままで、返事はなかった。

「遊園地なくなるって聞いて来たの?」
たこ焼きを一箱買うと、店の男性が話しかけてきた。
「巨大なショッピングモールが建つんだってよ。まぁ便利になるっちゃそうなんだろうが。
出来てみるまでわからんのがなぁ。」
祭も本来は秋にしか行わないはずだったのだが、廃園を憂えた住民達が有志で催したのだそうだ。
地元のシンボルでもあったこれだけ大きなものがごっそりなくなるというのは、どういう気持ちなのだろう。
そんなことをぼんやり考えながら歩き、いつの間にか一箱たいらげていた。  

新宿から飛んできたエイは赤い観覧車に止まって休んでいた。
気になって仕方がなかったから、ちらちらと空を見ていた。
今でもぽつりぽつりと数を増やしている。
ゴンドラの窓にへばりつき、観覧車をひと回りもふた回りも大きく見せた。

「観覧車乗るの。気ぃつけなよ。
最近調子悪くて、しょっちゅう止まってるみたいだから。」
カッカッカッと声がし、別の屋台からも男が顔を出した。
「ゴンドラの重さで、倒れるってこと、ありますか。」
張り付き重なっていくエイを見ていた。
私が聞くと、男は変な顔をした。
「いや、それはねぇだろ。死人が出るよ。
さっきから不安そうな顔で見てると思ったら。そんなこと心配してたのか。」
追加でもう一箱何か買っていこうと思った。





「お待たせ。高いな観覧車。足下見てる。子供料金もなしだってさ。」
またぷりぷり怒った繭花が戻ってきた。
繭花が文句を言わないのは、亜由美に対してだけだと思う。
鯉子ですら繭花には参っていた。
繭花はきっとさっちゃんの血を継いだのだ。

「亜由美は?トイレなら一人で行かすなって言ったでしょ。」  
その一言に、私は一瞬心臓を鷲掴みにされたような気がした。

いつの間にか、隣から人の気配が消えていた。
いついなくなったのだろう。
私が買い物をしているときか、話しているときか。それとも食べているときか。
どちらにしろ、今の私の左側には体温が感じられない。
見なくてもわかった。

しまった。
吐き気がしてきた。

「え、何、まさか。」
ごめん、としか言えなかった。
「……っ信じらんないっ。迷子って。」
「携帯は。持ってなかったっけ。」
「持ってないよ。だから私がついてるんじゃない!」
繭花は持っていたチケットを三枚とも私にたたきつけた。
「アナウンスしてもらうから。あんたは探しててよ!」
遠くから良く響く声でそれだけ叫ぶと、すぐに姿は見えなくなった。  





泣きたくなってきた。どうして私はいつもこうなのだろう。
鯉子がいると勝手に決めつけて来たのに、亜由美まで迷子にさせて。
繭花も行ってしまった。
この遊園地でひとりぽっち。
何でこうなのだろう。  

大きな観覧車が目に入った。
愚かな私を冷笑するかのように見下ろしている。
悔しかった。
赤い鉄骨の形が歪み、ぼやける。
何だ、こんなに立派な観覧車だっけ、と思った瞬間。
周りの景色と切り離された観覧車はみるみる大きくなり、空を埋め尽くした。
こんな状況でもまだ夢を見るのかと思うと、自分の脳が情けなくて恨めしかった。

「タッチ。」
子供の声がして、後ろから腕を掴まれた。
亜由美、と声を出しそうになって振り向くと、そこに立っていたのは鮎水の方だった。

「へへ。鬼ごっこしよう。私、足早くなったんだよ。」
そう言うと、鮎水は水姿を棒で掻いたかのように消えた。
背はもう、私と変わらないくらい大きくなっていた。
「何で今なの、亜由美を捜さなきゃいけないんだよ。」
しかし鮎水は聞かず、陽炎のようにコンクリートの上に表れては消え、そこら中をぽんぽんと移動しながら遠ざかっていった。

「帰ろうよ。帰るんでしょ。」
はっとした。
鯉子、鯉子を探しに来たのだ。
帰ろうと言って、いなくなった鯉子。
私は、帰りたいって答えたんだ。

「帰りたくないの?」
「ううん、行く。」

どこへだか、何へだか、そんなこともわからない。
ただ鯉子のあの眠る前の表情と、「かえります」のクレヨンの文字が私の頭を掻き乱した。


 



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