水 中 散 策

七:ヘヴン



4
ゴンドラが地面に到着した頃。
携帯電話が鳴った。

「もしもし。」
良く聞き取れない。
「もしもし。」

雑音の原因がわかった。
近くでざわめく人の声と、花火の破裂音。
こちらだけではない。
電話の向こうからも、全く同じ音、声。

「今、から、帰るからっ。」
それだけ言って切れた声は私の知っている誰のものでもなくて、私は携帯電話の履歴を見てようやく知った。



川岸。
人混みの後ろ。
一人少し離れて立っている人影がいた。
私と同じ背格好。
同じ顔。
長い髪。
携帯電話をパチンとたたんだ。
ほんの数メートル。
でも私は走った。
私の心臓は、打ち上げ花火なのだと思った。





イチランセイソウセイジ
この世で一番自分と同じで、でも違う、不安定なモノ。
一生その事実に寄り添って生きていく。
私達は一体、DNAの螺旋をどこまでさかのぼって、何を恨めば良いのだ。
イチランセイソウセイジ
私達は再出発できるだろうか。
再生できるだろうか、プラナリア。





鯉子。
私の声なんて、足音なんて、気配なんて、人混みに掻き消されて、わかるはずもなかった。
それでも鯉子は振り向いた。
振り向いた顔も、一瞬誰だかわからないくらい、私の知らない表情だった。
嬉しいのか、悲しいのか。
泣くのか、笑うのか。
鯉子は驚くほど別人の顔をして、くしゃっと顔を歪めた。





プラナリアだってきっと、全く元通りに戻ろうとなんてしていない。
もうどうにもならないくらいぐちゃぐちゃに砕けて、そこから全く別なものを「再生」していくのだ。
もう自分ではない、他の何かを。

遺伝子なんて同じでも。
塩基配列なんて同じでも。
そこに別々の個体として存在しているならば。
それが、再生。
 
 


 



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