水 中 散 策 七:ヘヴン |
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ゴンドラが地面に到着した頃。 携帯電話が鳴った。 「もしもし。」 良く聞き取れない。 「もしもし。」 雑音の原因がわかった。 近くでざわめく人の声と、花火の破裂音。 こちらだけではない。 電話の向こうからも、全く同じ音、声。 「今、から、帰るからっ。」 それだけ言って切れた声は私の知っている誰のものでもなくて、私は携帯電話の履歴を見てようやく知った。 川岸。 人混みの後ろ。 一人少し離れて立っている人影がいた。 私と同じ背格好。 同じ顔。 長い髪。 携帯電話をパチンとたたんだ。 ほんの数メートル。 でも私は走った。 私の心臓は、打ち上げ花火なのだと思った。 イチランセイソウセイジ この世で一番自分と同じで、でも違う、不安定なモノ。 一生その事実に寄り添って生きていく。 私達は一体、DNAの螺旋をどこまでさかのぼって、何を恨めば良いのだ。 イチランセイソウセイジ 私達は再出発できるだろうか。 再生できるだろうか、プラナリア。 鯉子。 私の声なんて、足音なんて、気配なんて、人混みに掻き消されて、わかるはずもなかった。 それでも鯉子は振り向いた。 振り向いた顔も、一瞬誰だかわからないくらい、私の知らない表情だった。 嬉しいのか、悲しいのか。 泣くのか、笑うのか。 鯉子は驚くほど別人の顔をして、くしゃっと顔を歪めた。 プラナリアだってきっと、全く元通りに戻ろうとなんてしていない。 もうどうにもならないくらいぐちゃぐちゃに砕けて、そこから全く別なものを「再生」していくのだ。 もう自分ではない、他の何かを。 遺伝子なんて同じでも。 塩基配列なんて同じでも。 そこに別々の個体として存在しているならば。 それが、再生。 |
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